世界の最先端を見てきたからこそ、
未来に立ち向う勇気が湧きおこる。
飯沼氏
JSRライフサイエンス株式会社
研究開発部 第1チーム
2003年入社
※2018年取材当時
世界の最先端を見てきたからこそ、
未来に立ち向う勇気が湧きおこる。
飯沼氏
JSRライフサイエンス株式会社
研究開発部 第1チーム
2003年入社
※2018年取材当時
医療機器イノベーションを目標に、
JSRの未来の事業テーマを探索中。
現在の医療の最前線では、医学・生物学的な見地はもちろん、医療機器・医療器具・材料の面でも大きな進化が見られる。JSRの診断・バイオプロセス材料もその一端と言えるが、飯沼は既存テーマの立ち上げに留まらずさらに奥に踏み込み、未来のJSRの事業の柱となり得る新規テーマの開拓にも挑んでいる。
「手術が想定通りに進まない、あるいは術後の経過が良くない。その解決を術式の進化や医師の技量向上だけに求めるのではなく、手術器具やカテーテル、人工臓器などの材料の分野にイノベーションを起こすことで、医療全体に大きく貢献できるのではないか…。そんな考えで、高分子技術で膨大な知見を持つJSRだからこそやれる、JSRだからこそやるべきテーマの立ち上げを目指しています」
そう語る飯沼は、実際に臨床医と連携をとって課題を共有し、幾度も手術現場に入って医療関係者が気づかないニーズも探索してきた。学術方面とも緊密に結びついて世界中から上がった成果をリサーチする活動も怠っていない。
一筋の光を追い続け、時に、
変革を進める風土に背中を押される。
開発の方針や手順がある程度見えている既存製品の領域と異なり、飯沼が挑んでいる新規テーマの探索は、一筋の光を追いかけるようなもの。機能性ポリマー技術をベースとした既存テーマの立ち上げも同時に手掛ける飯沼には、新規テーマ/既存テーマそれぞれが持つ難しさや手法の違いが良く見えている。新規テーマ探索では、研究開発の進捗はもとより、世の中のニーズ、市場規模、競合優位性、事業化戦略など、目を配るべきポイントが数多く存在し、そのどれか一つでも想定通りにいかないようだと暗礁に乗り上げる可能性を孕む。だが、そうした懸念材料に飯沼は動じない。
「未だ誰も実現に到達していないテーマだからこそ、JSRが先行して成果を上げることで、将来の基幹事業の確立につながるのです。時として先の見えない辛さも感じます。でも、一歩一歩前進していく手応えに、ワクワクしています」
そう言う飯沼が心強く思っているのが、JSRの変革を進める風土だ。過去にも石油化学からスタートし、ファイン事業に進出し、ライフサイエンスや環境エネルギーへと展開してきたJSRには、誰かが必ず次世代のテーマを手がけているという文化が息づいていると言う。
自ら動き続けることで、
飛躍のタイミングは必ず訪れる。
飯沼を飛躍させる転機の一つに、社内公募の海外研究派遣制度があった。選考は厳しく、1度目は本審査前に落とされている。その悔しさを忘れずに、時間と労力をかけ、周到に準備した2度目の挑戦で合格。世界のトップレベルの研究に参加できる権利を得た。彼が選んだのはハーバード大でのDNAナノテクノロジーの研究。そこで過ごした約2年の成果は華々しかった。当時の研究成果が、サイエンス誌に筆頭著者で掲載されたのである。
「私にとって有名誌に載ったことも、その後に関連研究で得た博士号の学位も大きなことではありません。留学で得た最大のものは、未知の領域に果敢に挑む勇気です。寝ても覚めても研究のことを考える海外各地から集まった研究者たちに、イノベーションを引き寄せるために不可欠な研究姿勢を学べたのですね」
意欲を増して帰国した飯沼に待っていたのは、CDP制度を活用したライフサイエンス部門への異動だった。歩み続ける者には、道が開かれるのである。
大学院で機能性高分子についての研究をしていましたから、自然と化学メーカーを志望しました。JSRに興味を持ったのは、研究室の教授から「非常に技術力のある、玄人好みの企業だ」と紹介されたのがきっかけです。実際、高分子技術を基軸に多くの機能性製品を開発していることが分かり、自分が学んだことを活かせると考えました。
子供をキャンプに連れて行くボランティア活動に参加する一方、旅にも熱中していました。一人で深夜発の鈍行列車で鳥取砂丘を目指したり、友人たちと九州を1周したりしました。現地で知り合った高校生の家に泊めてもらったこともあります。今になって思えば、どこかに行って、出会った人と触れ合うことが昔から好きだったんですね。
ここ2〜3年、土曜日も日曜日も研究のために大学に通い、家を空けがちでした。今は家族との時間を取り戻すように、できる限り妻や息子と一緒に過ごすようにしています。息子の好きな鉄道模型に触れて遊べる商業施設や、近くのプールにはよく連れて行きます。ようやく普通の父親らしく遊んであげられるようになりました。