Careerこれまでのキャリア

2007

入社
製造技術第二センター配属
エキシマレジストの品質保証業務を担当

2010

ディスプレイ研究所に異動し、配向膜の開発を担当

2015

5月から1年間にわたり産休・育休を取得

2016

4月に産休前の部署に復帰し、続けて配向膜の開発を担当

2020

ダイバーシティ推進室 兼 人材開発部(本社)へ異動し、DE&I・働き方改革の推進を担当。

Work
現在の仕事内容

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産休・育休取得後も、
以前の研究内容を継続・発展。

積極的なキャリアチェンジで成長を引き出す。あるいは、キャリアの継続性を尊重する。JSRのCDPでは、いずれの方向もあり得る。本人にとって最適な配属を適用するのが、JSRの基本方針だからだ。それはCDPに限らず、社員の人生の様々な転換期でも踏襲される。液晶ディスプレイの映像品質向上に大きく寄与する配向膜の開発を担当していた馬場は、以前に追求していた技術を、1年間の産休と育休を経て復帰した今、さらに掘り下げている。

「私が育休からの復帰後に向き合っているのは、液晶分子群を一定方向に配列させる配向膜の技術を通常の液晶ディスプレイ用途以外にも広げていくための、新たな要求特性に合った材料開発です。配向膜ではJSRはトップシェア。その先を開拓する、やりがいの大きな職務です」

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Mission
現在向き合っている課題

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動向が確定していない有望市場に、
材料メーカーの立場から積極提案。

「私は、1回目のCDPを利用して半導体レジストの品質保証部門から配向膜の開発部門に異動し、水を得た魚のように最先端の技術に向き合っていました。そんな私のキャリアの継続性を上司は尊重したのでしょう。育休からの復帰後も以前に培った知見が無駄にならない開発テーマを与えてもらいました」

手のかかる育児と仕事の時間配分を工面している馬場に対して配慮があったとすれば、任されたテーマが、同じ配向膜の領域でも、すぐに製品化される製品分野ではなかったこと。先を見据えた足の長い開発なので、仕事量が急激に増えることがないからだ。その一方で最先端テーマならではの苦闘があると言う。

「ターゲットとなる製品分野がまだまだ黎明期であるため、市場調査や顧客探索を併行させながら材料開発を行っています。顧客側でも製品化を検討している段階であったりするので、材料への要求特性がまだ不透明で、こちらから開発支援的な提案をすることも多いですね」

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Stage
JSRで働く環境

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ゴールを目指して一丸になる風土が、
何よりも競争優位をもたらしている。

創業事業の石油化学から様々な材料の領域に事業を拡大し、次々に成功を収めてきたJSR。その、異分野の開拓力がどこから生まれているのかを、馬場は感じ取っている。

「JSRの事業開拓力は、ひとえにチームが一丸となれる社風から生まれていると思います。例えばライバル製品と熾烈な競争が巻き起こった際には、高い目標に向かってチームが団結します。一定の期間にどこまでやり抜けば勝てるのかを考えてゴールを設定。次にチームメンバーに役割が振り分けられ、1日単位で進捗を管理します。遅れがちのメンバーがいれば周囲がサポートし、上司であっても手が空けばメンバーの手伝いに回ります。メンバーが実験をしている横で、上司が用具を洗っているシーンも珍しくありません」

社員一人ひとりの可能性を、どんな場面でも最大限に引き出す…業務環境においてもキャリアを支える諸制度においても、この指針がブレることはない。それがJSRという企業なのだと言えるだろう。

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JSRに入社した理由

最初に研究室の先輩からJSRについての話を聞き、興味を持ちました。そして、ちょうどその頃、インターンシップ生の募集があったので応募したのです。実際にインターン生としてエマルジョン開発室で働いてみると、先輩たちの高い壁に挑む姿勢や、仲間とゴールに向かう一体感に感銘を受け、ここで働きたいと思うようになりました。

学生時代に熱中したこと

家庭教師や塾講師、ウエイトレスなど、様々なアルバイトに明け暮れていました。複数を掛け持ちしていたこともあり、大学の外にたくさんの友人ができました。いろいろなタイプの人に接し、どうすれば相手と上手くコミュニケーションが取れるのか、相手を満足させるには何が必要なのかといったことを、自然に学べたような気がします。

休日の過ごし方

以前は会社のバドミントンサークルや自転車のサークルでオフタイムを過ごしていましたが、子供が生まれてからは家でのんびり過ごすことが多くなりました。最近は夫と庭で野菜づくりを始めました。子供に安全なものを食べさせたいこともありますが、収穫できると単純に嬉しいものです。