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ESG指数、SRI指標と銘柄への組み⼊れ

ステークホルダーとの対話 JSRグループのマテリアリティとSDGs ③

差別化されたマテリアリティとは

事業領域と経営基盤の二元論で考える

投資家の視点で見た場合、JSRのマテリアリティは非常に明快です。ライフサイエンスでは、新薬開発の効率性を大幅に上げることで医療費の削減に貢献するなど、把握できる社会課題はたくさんあると思いますし、低燃費タイヤも間違いなく気候変動対策に貢献できます。「社会のQOL向上に紐付いている課題が我々のマテリアリティであり、コミットすべきSDGs目標です」とすれば、とても明確なメッセージになるのではないでしょうか。
黒田:
私もそれはすごくわかりやすいと思いました。さらに言えば、すべての課題をJSRグループだけで解決する必要はないので、SDGsの目標17にもありますが、「パートナーシップ」も考えるべきです。たとえば、マイクロプラスチックに関して他社の技術を活用する、あるいは連携するなど外部とのパートナーシップが重要で、すべてを自己解決する必要はないはずです。
また、ポジティブな戦略側面だけでなく、ダイバーシティや労働安全などのマイナスに振れやすいものを改善することにSDGsを活用するという考え方もあります。特に日本の企業の場合、どうしても女性活躍など、推進はしていても結果が出ていない課題があり、たとえば取締役の女性割合など、仮に現在はゼロでも将来的にどのような戦略を持っているのかを伝える必要があります。その意味では、マテリアリティを考える際に事業領域の部分と経営基盤の部分を分けて見せた方がいいかもしれません。
私が申し上げたかったのもまさにその点で、事業領域と経営基盤は別に考えるべきです。どれほど財務的な成長を成し遂げても、コーポレート・ガバナンスがガタガタだったり、コンプライアンスに穴があったりすると社会から後ろ指を指されかねません。会社としての強みを支える経営基盤とその強みを伸ばしていく事業領域の二元論で考えて、強みを支える経営基盤の中にダイバーシティや人権・人材育成などを入れた方がその会社の強みがより際立ちますから、それはJSRグループのマテリアリティを語るうえで、非常にしっくりくる構成になると思います。
藤井:
JSRグループにとって何がコア・コンピタンスなのかと言えば、私はその一つとして人材があると思います。社会のニーズに合わせた事業の変革を何が支えているかというと、様々なビジネス環境の変化に適応できる人材です。JSRには事業面で見ても、過去に石油化学系事業から当時のファインケミカル事業へ、さらには現在のライフサイエンス事業の適応が可能な人材を生み出す風土、人的資本があります。
JSRの現在のマテリアリティの分類では、ダイバーシティや人権はリスク項目に入っていますが、私はこうした人的資本はむしろ「強み」だと思っていますので、そこはもう少しアピールしていきたいと感じました。ビジネスのグローバル化や事業構造の変化に適応できる人を育てる人材開発力を当社の強みとして、マテリアリティで訴えていきたいという思いを持っています。
黒田:
日本企業の方と議論すると人材育成のお話はよく出るのですが、それは有能な社員が入ってくるという前提があってのことですね。この先、少子高齢化がさらに進むと、人材の獲得そのものが難しくなってきますので、人材育成も大切ですが優れた人材を採用するということもマテリアリティの候補に挙がってくる時代になる気がします。
川橋:
人材に関しては、おっしゃるとおりどうしても育成に目がいきやすい。JSRにも、あらゆる階層に対する育成プログラムやカリキュラムがたくさんあります。実態に合った育成プログラムを適時変更して、その時代にあったものに変更する努力を常にしています。一方で、獲得についても近年は非常に問題意識を持って取り組んでいます。当社の場合、ライフサイエンス分野やマテリアルズインフォマティクス分野などでは、高度な知見やノウハウを持つ人材の採用は特に難しい課題となってきており、人事評価システムや報酬システムから見直す必要があります。現在そういうところまで遡って、議論を開始しています。

※ マテリアルズインフォマティクス:情報科学を通じて新材料や代替材料を効率的に探索する手法。

インパクトを定量化して伝えることが重要

清水:
SDGs対応が求められると「SDGsウォッシュ」のような動きも出てきます。一方、そうした意図はなくとも「それはSDGsの本質と違う」と言われかねないリスクも存在しています。そうしたリスクはどのように回避したらいいのでしょうか。海外を含めて、他社の良い事例や参考になるものがあれば、この機会にぜひ教えていただけますか?

※ SDGsウォッシュ:SDGsに取り組んでいるように見せかけること。

最近、EU委員会で、何がサステナビリティに合致する活動で、何がそうでないかという線引きになるカタログが作成されています。最終的にはそれをISOにまとめるらしいのですが、私は「何がサステナビリティかまでISOで決められてしまうと、創意工夫がなくなってイノベーションを阻害しないか」という質問をしたのですが、どうも、そうしないと「グリーンウォッシュ」や「SDGsウォッシュ」だらけになってしまうので、最低限の透明性を確保するためにも線引きをする必要があるという話になっているようです。国際的な総論として、ルールは厳密にしていこうという動きは間違いなくあります。
欧州では先ほど申し上げた「インパクト」が論点の一つのようで、どうやってインパクトを伝えるかがカギになってきます。まだインパクトを計測する手法を議論している段階ですが、様々な提案がなされています。何がサステナブルか、本当に貢献できていると言えるかどうか、それを判断するにはその取り組みによるインパクトを国際ルールに沿った形できちんと継続して開示していくことが重要だ、と。おそらく、どうやってインパクトを計測するかということに収れんされていくのだろうと考えています。
そうすると何がマテリアリティかを決める手段として、その製品なり活動がもたらすインパクトを定量データとして計測し、後で分析しやすい形にあらかじめ設計しておくことが有効になってきます。これまでは定量化する手法が確立していなかったので、とりあえず定性的に語ってきたわけですが、確立された手法に沿ってインパクトを分析した結果、ポジティブな成果が数値としても確認できたとすれば、「SDGsウォッシュだ」と非難されることもないはずです。
清水:
これまでもLCAやカーボンフットプリントなど定量化の試みがいろいろありましたが、いつの間にか下火になっていった気もします。これから5年ぐらい経つとSDGsの定量的評価も消えてしまうのではないかという懸念もありますが、SRI(社会的責任投資)が20年経ってようやく定着してきたことを考えると、社会から認知されて定着するまでには相応の時間がかかります。従って、今回のSDGsも、それぐらいの気持ちで臨まないとならないのかもしれませんね。

※ LCA:Life Cycle Assessmentの略 ある製品についてライフサイクル全体で、環境に与えた影響を定量的に分析・評価する方法。

※ カーボンフットプリント:個人、団体・企業の生活・活動にともなって排出される温室効果ガスをCO2に換算した場合の総量。

ようやく、日本でもESG投資など、投資家が長期的に価値創造を行うことができる会社を見定めて長期投資をするという流れになってきていますから。
清水:
どのような業界でも大きなトレンドをリードする巨大企業がありますが、たとえばそうした会社が「これからは石化由来のものは使わない」と宣言した瞬間に、一気に流れが変わることはあり得ると思います。そう考えると、JSRの場合は石化もさることながらデジタル・ソリューション分野の方が市場変化のリスクは大きいのかもしれません。
Johnson:
そうですね。JSRの北米における主要なお客様に、デジタル分野におけるリーディングカンパニーである「インテル」も含まれます。JSRは、インテルと一緒に事業を展開することによって、今後起こるかもしれない業界の動きを早期に知ることができているという側面があります。インテルはダイバーシティに関しても確固たる指針を持っていますし、最近では男女同一賃金ということを広くアナウンスしています。そのほか、アニュアルレポートにおいても財務・非財務の両面で強いステイトメントを出していますし、非常に重要なことは、ベンダーとの関係においてこうしたESG側面を重要視していると明言していることです。従って私は、インテルなどのジャイアント企業とパートナーであることは、リスクではなくアドバンテージだと思っています。
藤井:
日本とアメリカで何か違いを感じたりはしますか?
Johnson:
アメリカのビジネス環境は、現在様々なことが二極化していて、気候変動に対する考え方も例外ではありません。最近、特に全般的なシフトが起きつつあり、まさに今、大きな変化が起きようとする岐路に立っているのではないかと感じます。
世界の人々は数多くの課題を目の当たりにして漠然とした不安を抱え、感情的な反応が出ているように感じています。このような社会情勢の中で、JSRグループが企業として自らの責任をどのように果たし、そしてその思いをいかに伝えていくのかを考えることが、とても重要な観点になると思います。

マテリアリティをビジネス・スキームに取り入れる

その意味でも、事業分野ごとにリスクと機会を分析することが必要になってくるわけですが、事業として実現していく方向性とそれがもたらす社会的価値について、JSRは現段階でも非常に明快に示されています。一方で、「SDGsウォッシュ」という指摘を受けないためには、社会的価値のインパクトをKPIで示していくことが問われます。そのKPIが自前主義にならないようインパクト測定に関する国際的な動向を睨んで議論し、そのうえで戦略を示していかれると良いのではないかと、これまでの議論を通じて感じました。

※ KPI:Key Performance Indicatorの略 企業などの組織において、個人や部門の目標への進捗度合いを定量的に評価するための指標。

清水:
竹ケ原さんからは、インパクトを定量的に示すべきというご指摘や投資家の立場から企業をどう見ているかについて貴重なご意見をいただけました。黒田さんからは、SDGsのすべてにコミットする必要はないと言っていただき、むしろ自分たちできちんと優先順位を付けることが大事だということを意識すると同時に、我々の責任は非常に重いものだということに気づかされました。
藤井:
私の部門も、今後の大きな課題となる非財務情報の開示を担っていく部署ですので、そうした立場から我々の活動がサステナブルな社会への貢献につながることをわかりやすく説明し、共有化することで、JSRグループ全体を支え続けていきたいと改めて思いました。
清水:
本日の議論で、改めて大事だと気づかされたことが三つありました。一つ目は“実行”です。掛け声だけに終わらず、事業活動の中で実際にSDGsの目標達成に向けた貢献がいかにできるかがポイントです。国境を越えてグローバルに活動している企業の果たす役割は非常に大きく、実行こそが我々に課せられた社会的責務です。二つ目は、“プライオリティ”です。優先順位付けとその検証をしっかり行っていくことです。三つ目は、“リテラシー”です。社員を含め、いかにしてSDGsの理念や目の前にある社会課題に対するリテラシーを高めるか、です。
川橋:
私が今回の対話を通じて特に印象に残ったのは、インパクトを定量化するということです。これがないと、JSRとしての方針も定まりませんし、PDCAを回すこともできません。これは今後のマテリアリティ策定の議論に、ぜひとも取り入れるべきポイントです。
もう一つ、事業領域と経営基盤を分けてそれぞれで議論する、あるいは方針を打ち出していくことが重要であるというご指摘です。ここが混ざり合ってしまうと理路整然とした説明ができないというお話には非常に感銘を受けました。最後はJSRとして一本化した方針を出すべく、今後、こうした点を意識して当社の重要課題を整理していきたいと思います。
Johnson:
CSRにしろSDGsにしろ、これらをビジネスの脇に置いて捉えると失敗します。それがレポート発行のためだけの表層的な取り組みになってしまえば、単なる時間やリソースの無駄で終わってしまいます。SDGsの17目標すべてを達成できるという振りをしたり、すべてを優先順位付けできるという振りをしたりしてしまうと、これも同じことで意味のないものになってしまいます。
本当にそのとおりで、ステークホルダーが知りたいのは、取り組みの概要ではなく、JSRグループが持つ技術やイノベーションがもたらす実際のインパクトをきちんと計測して示していけるだけの戦略を持っているかです。それが次のマテリアリティでは大事なメッセージになるはずです。
Johnson:
今日の議論でマテリアリティには優先順位付けが重要であるとともに、それだけに留まらず、しっかりと我々のビジネス・スキームの中に吸収しないと意味がないのだということがよく理解できました。
そのために重要なのは、まず一つ目にリテラシーですね。事業環境や社会環境、技術環境をしっかり理解すること。そして二つ目に、この理解を基にその目標を定量化して測定すること。これができないと、その後の明確なアクションが打ち出せません。理解したうえで、インパクトを定量化することによってPDCAを回すことが可能になり、必要なアクションも明確になると同時に説明責任も明確になるでしょう。そこまでできた後に、はじめてステークホルダーに対してコミットすることができます。納得のいくストーリーとして、今後このように成長し、繁栄していくのだということを伝えることができるのだと思います。それができれば、優秀な人材も引き付けられると確信していますし、お客様とも最高の関係を確立できるなど、あらゆる側面で良い循環が構築できると思います。
本日は、大変すばらしいディスカッションの時間と貴重なご意見をいただきありがとうございました。