ESG指数、SRI指標と銘柄への組み⼊れ

ステークホルダーとの対話 JSRグループのマテリアリティとSDGs ②

JSRグループの強みを社会に伝えるために

事業のダイナミックさをマテリアリティに反映する

本日は、こうした対話の機会をいただきありがとうございます。投資家の視点からまず申し上げたいのは、JSRグループが中期経営計画に合わせてマテリアリティの見直しを行っている点です。中期経営計画ごとにマテリアリティが見直されること自体が、財務的な価値と非財務的な価値を同等に考えているというメッセージになっています。これはいわゆる統合思考の表れであり、経営とCSR活動が一体的に運用されている証左であると思います。

※ 統合思考:財務情報と非財務情報を統合して企業活動の全体像を捉える考え方。

黒田:
マテリアリティを中期経営計画と同時に見直されているのは、だいたい三年に一回のタイミングだと思います。三年前と今では、おそらく世の中は大きく変わっているはずですから、今後も三年ごとに世界や社会が大きく変化するという前提でマテリアリティを見直していかれるのは、良いと思います。
「マテリアリティ」という言葉は、ESG投資の観点からは少し見方が変わってきています。以前は、「マルチステークホルダーから見た重要度」と「自社にとっての重要度」の二軸でマトリクスを作成して、右上の両方とも「重要度が高い」エリアに配置されるのがマテリアルだとされていました。しかし、投資家が知りたいことは非常にシンプルで、まず大前提としてその企業の収益力が高く投資するに値する強い会社であること。そのうえでその企業の強みが中長期的に維持できるかどうか、つまり企業価値が知りたいわけです。
黒田:
そのとおりですね。たとえば、重要課題の解決に向けて最終的に立てた目標と、現在持ち得る技術やビジネスモデルとの間には、達成度という点でどうしてもギャップが生まれてくると思いますので、そこをどう埋めていくのか。それは投資家に限らず、社会全体の関心事でもあります。
JSRグループが現在持っている強みが長期的に維持できるかどうかが重要なわけですが、その観点で現状の「事業機会」「事業リスク」「事業基盤」の3つの切り口で整理されたマテリアル項目を見ますと、そこはほぼ過不足なく抽出できていると思います。
一方で、情報開示のしかたという観点で申し上げますと、日本の化学産業はどの企業もほぼ同じような課題を抱えているため、マテリアリティやESGなどの非財務分野の方向性や戦略が似通ってきます。そうすると、今の見せ方でJSRグループの強みが他社と差別化できているかどうかという点で、少しもったいないなというのが私の感想です。
黒田:
マテリアリティを「攻め」と「守り」という2つの側面から考えている企業が多いのですが、そうしたこれまでのマテリアリティ特定方法も、だんだんとそぐわなくなっているのかもしれません。たとえば、ライフサイエンスでは健康寿命の延伸など「攻め」の側面がある一方で、人権の問題も出てきます。このように、すべてのものに必ずプラスとマイナス、両方の側面が存在します。従って、項目ごとに「これは攻め」「これは守り」とは必ずしも言えなくなってきていると感じます。
事業の三本柱がそれぞれ社会課題にしっかり対応しているというのがJSRグループの強みですから、「攻め」と「守り」という見せ方ではなく、ライフサイエンス分野で展開されているM&Aや「素材×デジタリゼーション」などのイノベーション、そうしたJSRグループが持っている事業のダイナミックさがJSRグループの特長であり、マテリアリティと紐付けて訴求してもいいのではないでしょうか。その方がこの先20年、30年の新しいビジネスモデル展開と、それによってさらに成長を図っていくというストーリーを伝えられるはずです。
黒田:
あとは地球規模の課題であるSDGsなども活用し、17目標169ターゲットの中からJSRグループの強みが活かせるものの優先順位を付けていく。今までのマテリアリティとの継続性や分類に、必ずしもこだわる必要はないですね。SDGsの中から特にこの目標に注力するというものを前面に出して、そこから「アウトサイドイン」のアプローチを取ること。そして、その課題解決に至るロードマップやストーリーを描くことが重要です。

※ アウトサイドイン・アプローチ:社会的課題を基点に組織の目指すべき目標を設定する方法。

技術が生み出す価値を社会に認めてもらうには

川橋:
今後の事業変革とマテリアリティを紐付けるというのは、とても良いヒントをいただきました。たとえばSDGsの目標13「温暖化対策」ですが、ビジネスがうまく発展し、生産量が上がれば当然CO2の排出量も増加します。しかし、そこで温暖化防止のために生産量や工場のラインを減らそうと考えるのは、企業の立場から見ればナンセンスですね。むしろ自動車の燃費を向上させる「SSBR」といった環境貢献製品、あるいは生産原単位で二酸化炭素を減らす技術イノベーションなどで貢献するのがJSRとしてあるべき姿だと考えます。
さらに、SDGsでは目標3になりますが「健康と福祉」ですね。社会の「QOL(クオリティ・オブ・ライフ)」向上という意味でも、医療支援治具の開発でかなり貢献しているという自負があります。竹ケ原さんにご指摘いただいたように、ダイナミックに事業を変革する中で社会課題の解決にも貢献している。そうした事業とマテリアリティがしっかりリンクしていることを、もっと訴求していきたいと思います。
Johnson:
ライフサイエンス事業は、SDGsとの整合性が高いですね。JSRグループのビジネスは、ごく自然に人の健康や生活の向上、つまりQOLに強く結び付いています。我々のミッションとしても人々の生活や健康の改善があり、そういう意味でライフサイエンス事業は、まさにこのミッションに当てはまるもので、従って優先順位も高いものがあります。問題は、我々が持つ優れた技術を収益にもしっかり結び付ける必要があるということです。やはり経済的な持続可能性がなければ、事業として継続することは難しくなりますから。結局は、当社の技術に対して社会からその価値を認めてもらうことが重要になってくると思います。
投資の世界では、「インパクト・べースド・ファイナンス」とか「インパクト・ベースド・シンキング」という言い方がありますが、これからは「インパクト」という言葉がキーになってきますね。何らかの事業が成長することで社会課題の解決にも貢献する場合、その貢献度を定量的に示すのがインパクトです。
化学業界というのは、エネルギー多消費型の産業という位置付けになってしまうので、どんなに優れた環境貢献製品を生み出して社会的価値があるといっても、結局計測されるのは消費されるエネルギーや水だったりします。しかし、社会に与えるポジティブなインパクトを計測することができれば、それが社会から価値を認めてもらうことにつながり、さらには他社との差別化にもつながるのではないでしょうか。
Johnson:
確かにそうですね。一方で、私が最も懸念しているのは事業に起因する環境負荷で、最近ではマイクロプラスチックによる海洋生物への影響がグローバル規模で大きな懸念材料になっています。当然、JSRとしては製品の環境性能を高めたり、耐久性の高い製品に仕上げたりといった取り組みを行っています。しかし、果たしてそれで十分なのか、それだけが正しいアプローチなのかという問題もあります。
もちろんポジティブなインパクトがあれば、ネガティブなインパクトもあります。しかし、リスクと機会は表裏一体ですから、“環境面でのネガティブインパクトをコントロールしながら、社会的価値を創造していくのがJSRグループだ”というメッセージを伝えることが大事なのだと思います。
川橋:
マイクロプラスチック問題を考えたとき、解決策として生分解性のバイオプラスチックが注目されているわけですが、JSRがその課題解決のためにJSRが保有していない新たな生分解性プラスチックを開発するのは、会社にとって経済リスクを考えると、これを選択するのは如何なものかという気がします。
むしろ、今ある製品や進行中の研究の価値を見直したら、けっこう役に立つことが多いのではないか。たとえば、LCDのディスプレイの明るさを上げると、消費電力を下げることができます。つまり、二酸化炭素の削減と省エネに貢献することができる。我々の材料が製品化され社会に届く前に我々の環境貢献製品を使うことで、お客様でも莫大なエネルギーを消費することなくプロセスコストが抑えられます。実はそういう積み重ねによる課題解決がすごく大事で、考え方一つで、もっと社会に貢献できるのではないかということは、研究開発に臨むにあたってまず踏まえておくべきことです。
Johnson:
研究開発の目的をより広く捉えることによって、収益化やロードマップといったことに囚われずにさらに大きな価値を見出していけるかもしれないという可能性は確かにあります。そのためには、研究開発にもう一つの軸を加えてもいいのかもしれません。
川橋:
社会課題に対して真摯に対応することが基本ですが、あまり過度に大きく構えず、頭を柔らかくして、できるものを積み上げていくだけでも貢献できる余地が広がっていくということがあるはずです。

SDGsをどのように取り入れていくべきか

清水:
先ほど黒田さんがご指摘されたように、SDGsの17目標をはじめ、社会に存在する課題の解決を自社の成長に結び付ける戦略づくりは極めて重要なことです。ただ、その前提としてSDGsがすべて正しいかという疑問もあります。企業としての持続性を考慮したとき、2030年の目標達成というだけではなく、その先の未来に自分たちは本質的な価値として何を求めるのかということを、もう少ししっかりと議論しなくてはならないと思います。
特に、SDGsはあまりに包括的になりすぎていて、トレードオフ(相殺)の関係にある項目も存在しています。たとえば、飢餓をなくそう、生活レベルを上げよう、GDPを増やそうとなると、エネルギー消費が増えて目標7が達成できないように、「あちらを立てればこちらが立たず」という関係にあります。このトレードオフの中で何を選ぶのか、なぜそうなのか、という議論も、しっかり行うべきだと考えます。
黒田:
それはおっしゃるとおりかもしれません。そもそも、SDGsをまとめたときは、これほどまでに、特に日本の大企業の間で広がるとは思われていなかったと思います。しかし、SDGsが策定された背景には気候変動などへの危機感があります。今後、先が読めない不確実性が高まる時代に経営をしていかなければならない中で、これまでの日本型経営の成功体験が、そうした危機への対処にあまり活かされていないということも言われています。何か思い切った考え方の変革が求められています。そういう意味では、SDGsの理念は重要ですが17目標と169ターゲットに縛られる必要はあまりなくて、活用できるところは活用していけばいいのではないかと思います。
清水:
特に日本では17目標すべてにコミットすべきという雰囲気が強いのですが、企業や産業別に見ればやはり取捨選択や優先順位付けは必要ですし、そのためにも「自分たちは何を目指すのか」ということを明確にするべきです。そして、エビデンスに基づいて「これはやるけれど、これはやらない」ということを社会に発信し、ステークホルダーに受け取っていただき、理解をしていただくというプロセスが重要だと思います。そのためには、私たち自身の定量的情報やエビデンスに対するリテラシーを向上させることは極めて重要だと考えています。

※ リテラシー:ある分野において与えられた情報などを理解し、応用・活用する能力。

Johnson:
リテラシーは大事ですね。コミュニケーションにおいてもリテラシーは重要で、我々は、社会に対しても責任を持ってコミュニケーションしていかなければなりません。
清水:
良いコミュニケーションが取れるためには、話し手と受け手の双方がリテラシーを向上させることが必要になります。そのためには、社会全体の教育システムの向上に加え、社員教育も重要になってくると思います。それが、成熟したディスカッションにつながるのではないでしょうか。
Johnson:
SDGsの内容に関しては、どうしても受け手がシンプルなメッセージとして取りがちで、「これはいい、これは悪い」と単純化・簡素化しすぎる面があると思います。従って、我々は社会全体を教育することはできないということを自覚し、私たち自身のリテラシーを上げるためにより良い教育を行い、そのうえでより現実的で建設的なアプローチをするべきだと思います。
SDGsのロゴ17個をすべて並べる会社は、軽重の判断がついていないわけで決していい会社であると言えません。事業会社であれば、自社のビジネスを通じて貢献できる項目は自ずと限られてくるはずで、成長のベクトルに合わせて対応すべき課題は必然的に見えてきます。そしてその分野を伸ばしていくことで、社会課題の解決に貢献する。それこそがマテリアルで、それ以外のところはマテリアルではないという整理でいいと思います。
黒田:
確かに、日本では「17目標を満遍なく」というのが流行してしまった感があります。ヨーロッパのある製薬会社などでは、17目標から重要なものを4つくらいに絞って、さらに事業とのつながりから最も重要な目標3の「健康と福祉」をクローズアップし、「我が社はこれです」とメリハリを効かせた見せ方をしていたのが印象的でした。
藤井:
「マテリアリティの選定とは、答えの出せる範囲で、最も社内外へインパクトを与えている課題を見つけることだ」という説を耳にしたことがありますが、確かに本質的な部分ではそのとおりなのかもしれません。
黒田:
SDGsに関しては、欧米などでは、策定直後の2015年から2016年にかけてはけっこうSDGsに取り組むと宣言した企業が多かったのですが、最近は徐々に減ってきていると聞いています。本質的な部分に踏み込めば踏み込むほど、実はハードルが高いという声も出てきています。しかし、そうは言ってもこれだけ世界共通語になっていますので、使わない手はないと思います。
SDGsを社会課題の発見ツールとして使う人もいますが、まず課題を見つけて、その課題に対して自分たちはどのように役に立てるかを考える。これはこれで正しい使い方かもしれません。ただ、我々のような投資家が求めているのは最初に申し上げたとおり、ビジネスモデルが強くあり続ける会社を選んで投資したいということです。従って、20年、30年後に直面するであろう社会課題を今から把握できているか、その課題を自らの成長の糧にしていける会社かどうかです。
これまでは、社会課題を把握できていることをどう説明するか、けっこう悩ましかったのだろうという気がします。そこにSDGsが出てきて、世界中のステークホルダーが参加し、世界共通の言語として使われることになりました。そのうえで自分たちのコア・コンピタンスを伸ばして、その結果として社会課題の解決に貢献できる。自分たちがコミットするSDGsの目標を絞り、それに基づいて戦略や長期計画が策定されていることを訴求する──SDGsにはそういう使い方もあります。

※ コア・コンピタンス:企業が有する能力のうち、競争力のある中核的な部分のこと。

川橋:
当社は、SDGsが策定される前から、その目標やターゲットになっている課題を無視したような事業運営は行ってこなかったと自負しています。たとえば原料調達であれば、生産工場がある国のカントリーリスク、それは人権面の要素も含めてしっかり調べていますし、最初からスクリーニングできていると認識しています。
SDGsのあるなしにかかわらず、まず社会の中で我々の事業やCSR活動がどういう位置付けにあるのかを整理・解析したうえで、今後の進むべき方向性と照らし合わせる。もし、そこに抜けがあれば、それこそがその時点における重要課題だと考えてマテリアリティに取り上げ、具体的に議論していきたいと思います。