HOME / CSR / CSRレポート2012 / 特集2 / JSRグループと生物多様性のかかわり

CSRレポート2012

特集2 JSRグループと生物多様性のかかわり

対談 化学メーカーが取り組む生物多様性とは

企業活動は地球環境と深いかかわりをもち、JSRグループでもそれは例外ではありません。
特に生物多様性は、持続可能な企業として成長し続けるためのリスクにもチャンスにもなるものと認識しています。
今回は、足立直樹氏をお招きし、化学メーカーと生物多様性の関係について、当社 常務執行役員 川崎弘一とお話しいただきました。(対談実施日:2012年5月15日)

生物多様性保全のために
加速し始めた企業の取り組み

足立氏

足立直樹氏
株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役。東京大学理学部、同大学院で生態学を学び、理学博士号を取得。国立環境研究所で熱帯林の研究に従事し、マレーシア森林研究所(FRIM)勤務の後、コンサルタントとして独立。企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)事務局長、日本生態学会 常任委員、環境省 生物多様性企業活動ガイドライン検討会委員、経済社会における生物多様性の保全等の促進に関する検討会委員等を兼務。

川崎

川崎弘一
常務執行役員 環境安全担当

足立氏:早いもので、COP10が行われてからもう2年、今年の秋にはCOP11が開かれます。COP10を振り返ると、いちばん大きかったのは「愛知目標」が作られたことですね。次の10年=2020年に向けて、いきものや自然を守ることは当然として、事業活動で生物資源を利用する際には、持続可能なやり方が求められています。ビジネスの分野でも、この10年で持続可能なビジネスに向けて準備を進めましょうということです。そういうことが年限を切って、国際的なゴールとして決められたことが、私はやはり一番大きいと思っています。日本ではCOP10をきっかけに、いきものとのかかわりについて興味をもった企業がある一方、COP10が終わると関心が薄まってしまった企業も見受けられます。しかし、国際的に先進的な企業は、愛知目標に向かって動き出しています。

その中で最近特に強く感じるのは、事業活動による負荷をなんとかゼロにしようという動きです。10の負荷をかけていたら、それを9や8にしたのでよしとせずに、なんとかゼロにできないか。それを目標にする企業がずいぶん出てきています。資源や土地を使って事業活動をすれば必ず負荷を与えてしまうので、それを小さくすると同時に、別の場所で生物多様性を保全するような活動をして、両方合わせてゼロに限りなく近づける。場合によってはそれをプラスにしようという考え方です。そういうことを公式に目標にする企業が増えてきたように思います。これは今すぐに実現するのは難しくても、2020年、あるいは少し先進的な企業では2015年くらいまでには取り組もうとされている。それがひとつの特徴だと思います。

加えて今年は、6月にブラジルのリオで地球環境会議「Rio+20」が開催されます。リオの地球サミットからちょうど20年目、やはりここでも、今までのレビューと新しい目標設定がなされます。そこでのキーワードが「グリーンエコノミー」です。ここでいうグリーンエコノミーは、環境に配慮した経済というよりは、今ある環境をこれ以上壊さないよう、地球の有限性を認識して、その範囲内でやっていこうということを指しているのが今までとの違いですね。その実現には「自然資本」が重要になります。事業活動には、金融資本や人的資本、社会的な資本など、さまざまな資本が必要です。事業が大きくなればなるほど、資本も大きくなり、ますます事業活動も広げていけるようになります。それと同じことで、自然も私たちが頼っている資本なのだから、これを使いながら増やしていく、強くしていくということを考えなければいけない。今までは、自然資本はたくさんあるから使ってしまい、減ってもいいというような考え方も多かったように思います。しかし減らさないだけではなく、できれば少しずつ増やしていく。そうして、将来より増える人口も支えられるような新しい経済を作ろうという動きが出てきたのだと思います。

川崎:今お話にあったように、いろいろな分野の企業が生物多様性のかかわり方・考え方を踏まえて目標設定されるようになっていますが、特にJSRグループが属する化学の分野では何か変化はあるでしょうか?

足立氏:正直なところ、化学メーカー・素材メーカーの場合は大変だと思います。JSRグループのような石油化学ベースの事業では、石油という原料が未来永劫、今までと同じように使えるわけではないとわかっているからです。それをどこかで切り替えなければいけない。おそらくそれがだんだん見えてきたのかなと感じます。例えば日本のタイヤメーカーでも、最近また生ゴムのタイヤの開発に力を注いだり、完全に天然素材だけでケミカルフリーのタイヤを開発されたという話も聞きます。それ以外の分野でも、バイオプラスチックへの切り替えがどんどん進んでいます。ですから、すぐにということではないですが、研究開発と組み合わせて、天然の原料に切り替えながら今まで以上に優れた素材を提供することが求められつつあるように思います。いかがでしょうか、化学業界の方からご覧になると。

川崎:そうですね、そういったタイヤメーカーの例などは、必ずしも実用的・経済的に成り立つ話ではない部分もあり難しいとは思うのですが、確実にそういう動きはあります。天然ゴムを、ゴムの木からではなく、違う植物から作ろうという研究も進んでいます。一方、当社グループが提供している合成ゴムは、合成ゴムでなければできない分子構造や性能というものがあるため、すべてを代替してゼロにするというのはできないと考えています。ですから私たちは、お客様にとってトータルで価値のあるものを提供していきたいですね。例えば、タイヤを製造する時のエネルギーや、車を運転する時に発生するCO2を押さえられるような素材を提供していくことには大きな意味があります。私たちはそういう分野を伸ばして、事業を成長させながら社会的な貢献もしていきたいと考えています。

足立氏:環境問題の難しいところは、生物多様性という面だけではなく、CO2、環境効率、廃棄物などさまざまな要素があることです。それらを含めて、どうしたらトータルな負荷を少なくできるか、持続可能性をより延ばすことができるかということが問題になります。ですからおっしゃるとおり、原材料を代替するという単純な話ではないですね。最近では、特に鉱物の分野で、レアメタルやレアアースの希少性が課題になっています。無限に掘り続けることができないので、社会の中で既に人間が使っているものをリサイクルすることが重要です。それはおそらく、化学物質や石油化学で合成されたような物質にもいえることでしょう。もちろん、まったく天然の素材から作ったものとは性質が違ってくるのかもしれませんが、いろいろな技術を活かして今まで以上にリサイクルができるようになるのではと思います。

また、自然資本をどんどん使ってしまうという話をしましたが、これは自然資本がとても安い、あるいはタダだと思っていることによります。これは経済学でいうと「外部不経済」です。ところがよく考えてみると、きちんと価値もありますし、価値を認めないことにはこれから保全もできません。その外部不経済だったものを、きちんとコストを内部化しようという動きが非常に強く出てきていますね。自然の価値を経済的に測ったり、それに対してきちんと正当な対価を払ったりという動きがだんだん出てきました。しかしこれは、環境や生物多様性を保全するという意味では非常にウェルカムなんですが、一方でものの価格が高くなってしまうという課題があります。JSRグループのようにBtoBのビジネスではまだ難しいと思いますが、BtoCの商品では、最終ユーザーである消費者の方に「なるほどこれにはそういうコストを支払うことが必要なんだ」と理解していただき、将来の世代にとっても安心だということを伝えて、少し高いコストも負担していただこうという動きが出ています。それがもっと強まれば、コンシューマー向けの商品を作っている企業が、素材メーカーにも「きちんとした素材を提供してください。自分たちはそれをお客様に売りますよ」という要請をするという流れができるのではないでしょうか。

川崎:確かに我々のお客様でも、「製品のコストは上がっても、リサイクルや廃棄のコストが安くなってトータルでメリットがあるなら使いましょう」というお話はあります。エンドの製品を作っているお客様がコンシューマーの意識を取り込んで、「自分たちの上流側に対してもそういう取り組みをしよう」ということになれば、私たちにとっても大きく変わってくるでしょう。

自社と生物多様性のかかわりを把握し
将来を見据えた活動を

川崎:JSRグループが生物多様性への取り組みを進めるにあたって、JBIB(企業と生物多様性イニシアティブ)にも参加して知見を深めてきました。そこで我々はものづくりの会社ということで、製造・生産活動が環境や生態系にどういう影響を及ぼすのかの把握からまず始めました。昨年から「企業と生物多様性の関係性マップ®」を作り、我々の生産活動の生態系への依存と影響を把握して、次に行うべきことを検討しました。ひとつは土地利用ですね。我々の製造拠点の周辺、自然界への影響というのはどういうものなのかを評価しました。もうひとつは、事業の継続性を考えたとき、生産に必要な原料が安定的に将来も確保できるかどうかを調べることです。

足立氏:いかがですか? だんだん結果が出つつありますか?

川崎:ええ、そうですね。土地利用については各工場について、JBIBのガイドラインに沿って評価を行いました。これにより足りないところが見えてきましたので、そういう部分を改善していき、より生態系への影響を小さくする、できればゼロにする方向に持っていこうということで、会社の中でワーキングチームを作ってそれぞれの工場で活動を始めたところです。原料については購買のチームが中心になって、まずは天然由来の原料がどれだけあるかを網羅的に調べてピックアップできました。ただ、元の原料がどんなものかはわかったのですが、それを取るときに環境に対してどういう影響を与えているかという調査はまだ進んでいなくて。そこは次のステップとして踏み込んでやっていかなければいけないなと考えています。

足立氏:最も重要なふたつの点について取り組み始めているということが非常に素晴らしいと思います。加えて考えるとすると、多くの場合、自社の中だけでやるのはどうしても、特に国内の場合、限界があるんじゃないかと思うんですね。特にJSRグループでは、コンビナートなどで他の企業とのつながりも考えられるとより良いのではないでしょうか。そうすると地域全体で、どうやっていきものと共生できるかという視点が出てきておもしろいと思います。もう一点、今回のレビューは国内の工場が対象だったと思いますが、これからは生産の現場は海外、特に途上地域に広がると考えられます。途上地域にはより豊かな生物多様性があり、ともするとそこが経済開発のために犠牲になってしまうという懸念もあるので、海外での取り組みも検討していただきたいですね。

また、原材料についても「こんなところでいきものとかかわりがあるんだと」いうような、想像もしなかったものが出てきたのではないでしょうか。ご指摘のように、いくつかの特殊ないきものに関してはどこでどういう負荷を与えているのかなかなかわかりにくいと思いますし、それを1社1社が個別に専門的なことまで調べるというのは負担が多くて大変なのではと思います。例えば欧州では「こういうパターンでならどのくらい負荷がかかる」ということを定式化して計算できるようなシステムの試みも進んでいますね。

川崎:LCAの生物版ですね。

足立氏:そうですね。もちろん一つひとつを自分たちで測定するのも可能ですが、そうしたシステムを活用して、生物多様性や水に関しても、原料を入力すると負荷が自動的に計算できるようにしていけると、より全体像を見やすくなるかもしれないですね。もちろん、今あるのは完璧なデータベースではなく、主要な原材料に限られています。ですから例えば、JSRグループでは使うけれど他のメーカーがあまり使わないようなものに関しては、JSRで調べて足していく。そういうかたちでだんだん広げていこうというやり方になると思います。また、特に生物資源の場合には、場所によって全然負荷が違うんですね。同じ木でも、日本で育った木と、インドネシアで育った木と、北米で育った木では、全然負荷が違うわけです。そういったことも含めていかなければいけないので、やはりデータベースはどんどん拡充していかなければいけないですね。

川崎:我々も、土地と原材料をまず中期的な目標において、ここ2年くらいで重点的にやろうとしています。2011年に策定した生物多様性方針でも、優先順位を土地利用と原材料に置いて取り組むこととしています。その次のステップとしては、製品開発においても生物多様性の視点を取り入れて、負荷をかけない、むしろ良い方向にもっていくことで価値を見つけられるようなやり方を試行していきたいなと考えています。材料の設計開発の評価基準に生物多様性を加えて、より貢献度の高いテーマを詰めていくというようなことですね。もうひとつ、地域との連携もリードしていきたいです。従業員が自分たちの工場だけではなく、自分が住んでいる場所を含めた地域との連携の中で生物多様性というものを考え、企業も個人も一緒に参画できるような活動を考えていきたいですね。

生物多様性だけでなく、原材料や製造法の
多様化がこれからの成長を支える

対談風景

足立氏:将来に関して積極的に考えて、準備をなさっているのはさすがですね。いくつか私のほうからも、参考になるようなことを申し上げておきたいと思います。まず、JSRグループのような素材メーカーにとっては、研究開発は非常に重要な強さの源泉になります。今おっしゃったのは、どういうやり方にしたときに生物多様性のリスクをいちばん小さくできるのか、そういう基準を研究開発の中に持ち込むということだと思います。これは最初のステップとして非常に重要です。もうひとつ、これは先ほどの繰り返しになりますが、長期的に見たときに、すべてではないにしても、石油由来のものを自然由来のもの、生物由来のものに、どれをどこまで代替できるのかという研究が非常に重要なのではと思います。生物資源というのは持続可能ですが、作られる量は有限で、しかもその有限性は通常、土地の面積によって規定されてしまうんですね。ですから食糧生産と拮抗するようなことがあってはいけませんし、今までと同じ生物資源の使い方ではムダが多いのです。生物資源への切り替えを考えるときは、ぜひ未利用資源の部分を注目して、技術力を活かしてうまく使えるようにしていただきたいと思います。

それから、最近注目されている「バイオミミクリ」という考え方があります。「バイオ=いきもの」を「ミミクリ=まねる」ということで、生物が作る物質やその形、生物の生き方をまねると、効率が良いこと、理にかなっていることが多いんですね。例えば、クモの糸というのは非常に細くて、弱いもの、はかないものの例えのように思われますが、実はあれは細いから弱いだけであって、太くするとものすごく強いんだそうです。例えばスチールワイヤと同じ太さにすると、同じ太さのスチールワイヤに比べて強度が5倍、伸びに関してはナイロンの2倍の性能があるそうです。そうするとこれは非常にすばらしい高機能素材ですよね。タイヤなどの場合にも、強さと弾力性という相反する性質が求められていますが、そういったものを作るヒントというのはもしかしたら生物が作るものの中にあるかもしれません。また、いきものの製造プロセスをまねれば、環境負荷が非常に低くできる可能性もあります。ですから生物多様性を保全するだけでなく、いきものを研究し、まねることによって、生物を活用するということも考えられるのではないでしょうか。

川崎:今おっしゃった、バイオの力を使った化学物質の合成は、欧米では研究開発も進んでいるようで、合成ゴムの原料であるブタジエンやイソプレンは微生物の力で合成できるという研究も報告されていて、ベンチャー企業などが研究を進めています。我々も非常に興味を持っていますね。我々が必要とする原料は、将来的には非常にタイトになってくるだろうと予想していますので、安定的に確保するために原料を多様化することが重要になると思います。そのとき、先ほどおっしゃったように、可食性のものを原料にしない、非食性のものを出発原料にしていくというポリシーが必要だろうなと思いますね。

足立氏:今お話に出た「原料の多様化」が大きな軸ではないかと思います。生物多様性はひとことで言えば「いろんな生き方をしているいきものがいる」ということです。大昔はいきものはもっと単純で種類も少なかったけれども、長い歴史の間に多様になるような性質を持っていたといわれています。それは、多様化すれば、ある生き方、あるいきものでは環境の変化にうまく適応できないときでも、別の生き方、別の種類のいきものがいれば、どれかは生き残れるということです。これは原料に関しても同じだと思います。効率やコストだけで原料を1種類と決めずに、それをメインに使いながらも常にいくつもいろんな手を持つ。そうすると将来的に大きく環境が変わったときでも、きちんと事業が持続できるのではないでしょうか。製品にしても製造プロセスにしても、ありとあらゆるものが多様化していくのが、企業にとって重要なことなのではと思います。

また地域への貢献に関しても同じことで、雇用や納税という経済的な貢献だけでなく、その地域のいきものを地域の方と一緒に保全すれば、コミュニティを強くしていくことにも貢献できるようになるでしょう。多様な側面、多様な接点をもつことが、重要なのだと思います。

川崎:そうですね。JSRが創立した初期の頃は、排ガスなどが公害の原因になっていたこともありました。それに対して技術を革新し、大気や排水など周辺地域に迷惑をかけることをミニマイズしていって、近年は環境苦情がゼロになっています。しかし、これまでは苦情がなければいいという意識でしたが、今後はそれではダメで、もっと多様な接点で地域と接することがむしろ喜ばれる、「ずっとここで操業してください」と言われるような企業を目指すということでしょうね。

足立氏:JSRグループが創業した頃は、経済的な発展が重要なので、ある程度の公害はやむなしということがおそらく常識だったんでしょうね。それは当時の考え方としては、ある程度やむを得ないところがあったと私は思います。ただ、今、企業経営をなさっている方でそんなことを思う方はどなたもいらっしゃらない。常識はだんだん進化していくものです。生物多様性も全く同じだと思います。つい数年前までは「そもそも生物多様性が何かわからないし、なぜ企業が取り組むのか」とおっしゃる方が多かった。しかし今は、JSRグループのような先進的な企業が、だんだんそれを自分たちの競争力としてチャレンジなさっていますよね。将来の会社の姿を想像すると、今まで以上に生物多様性を大切にする、あるいは依存することになっていると思います。ですからおそらく10年後、20年後になって振り返ってみたとき「あのときは大変だったけど、今にしてみればそれは当然の流れだったよね」というふうに思われるはずです。一方、今までのやり方に固執していると、そこは一歩、二歩、三歩と出遅れてしまうことになるでしょう。そういう意味では、JSRグループはすでに先行していらっしゃいますので、どんどんチャレンジを続けて、常にリーディングカンパニーであっていただきたいと思います。

TOPに戻る

CSRレポート2012